阿八哈/びぃるの名で活動しています。 いっそのこと「阿八哈びぃる」に統一するかどうか検討中らしい。
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20090804
2009年08月04日 (火) | 編集 |
さてさて。


最近は例のポイントをもらうと経験値アップくれるので、30分ほど鳥マップで動き残りの30分を氷Dで暮らしていたりする。
20090804a.jpg

そしてついに出たよ。

出たよ。

20090804b.jpg

アイシクルフィストが。
|д`;

なになに?プリ系が装備できるだとー!
よし、装備してみよう。

Eirにプリはいなかった。
|д`;

しかも「ろ。」で調べると1kzだというので。
じゃあ精錬しよう。

プロンテラへ。

オリデオコンも用意し、精錬所へ。

あれ?装備できないや。

あ、プリ系だけだった・・・・。

最初に見ておきながらすっかり忘れていたという。
ということで、倉庫の肥やしとなりましたとさ。
|ω・)


以下雑記。



さて、8月に入ってしまいました。
とりあえず、体動かしてたりしている。
目標は-13kg。
標準体重は-6kgなんだが、わしとしては-13kgの状態が一番いいのでそうする。
まあ、無理だろうけどなー。
|ω・)


で、新装版になったあずまんが大王を買ってみた。
まだ1巻の途中までしか読んでないが、単に当時の内容をそのまま出しているわけではなかった。
ところどころ書き直しやネームのやり直しなどをしており、おーここまでやるかーと思った。
昔の分も捨てられないなぁ、こりゃあ。
しっかしよく働くなー、この漫画家。
普通しないぜー。

で、漫画版の狼と香辛料3巻。
話の進み具合はようやく羊飼いへ進み始めたところ。
っていうか、小説をもとにしているのでクロエがいない・・・・・。
みつあみのクロエがいない・・・・・・・・・。
|д`;サイショカラトウジョウシテナイカラワカッテタケドナ
アニメにももう登場しなさそうだし、わし的には1期の途中で終わってんだよなー。

で、前に長々と書いた文章の中で出てきたマムルーク朝のスルタン(王)バイバルスについて。
前にも書いたとおりエジプト人ではなく、クマン人(キプチャク人)
若いときモンゴルに敗れた際に捕虜になって、奴隷商人に売られてエジプトへやってくる。
この人物は片目が見えないという障害を持っていたが、馬術などの戦闘に関する才能に優れていたことから当時のアイユーブ朝のスルタンサーリフに買い取られ、その下でメキメキと頭角を現していく。
アイユーブ朝が他のマムルーク(奴隷)により滅ぼされると、一時的にバイバルスも地位を追われていくが、その頃にシリアへ進出してきた常勝モンゴル軍の将軍キトブカ=ノヤンを敗死させたことにより、再び表舞台に立ち上がる。
それから程なくしてマムルーク朝のスルタンクトゥズを殺害して、自らスルタン(第5代)となった。
治世の17年は戦争を38回も繰り返しているが、その一方で治水工事を行いナイル川の氾濫を防止するなど政治面でも実績を残しており、実質上のマムルーク朝の創始者と言われている。
1277年7月1日突然腹痛を訴えたまま倒れ、そのまま死亡した。
バイバルスの死によって、子のバラカ、サラーミシュがスルタンになるが、実力世界のマムルーク朝ではスルタンになる器ではなかったため、別のクマン人奴隷カラーウーンにその座を追われることになる。
おわり。

で、イスラム世界においてはアイユーブ朝のサラディンに並んで英雄扱いされているが、サラディンと違う点はキリスト教国からは嫌われているということである。
サラディンは十字軍などのキリスト教兵士達に寛大だった(事実上サラディンの弟アル=アーディルの功績だけど)が、バイバルスは基本奴隷の身分に落としていた。
まあ、もっとも農耕民族としての奴隷とは意味合いが違うんだが。
ともかく、そんなわけでキリスト教国ではバイバルスは嫌われている。

ついでに奴隷制について。
通常の農耕民族としての奴隷と、このエジプトでの奴隷には大きな差がある。
同じ点なのは主人の所有物であるという点だけでか。
一見同じじゃねーかと思えるが、エジプトの奴隷は教育を受けることが出来、能力次第では上のようにスルタン(王)や有力貴族になることだって出来た。
要するに死ぬまで身分が変わらない農耕民族の奴隷とは全く異なるのである。
なので、当時の貧しい人の中には自ら奴隷になった人までいたと言われている。

で、さらについでにバイバルスの系譜のついて。
当然バイバルスの父母やその先祖が誰なのかは全く不明。

バイバルス
1223?/1228?-1277.7.1
1260-1277
ダマスカス没
  |_____________________
  |              |              |
 バラカ          サラーミシュ         カーディル
1259?/1260?-1280   1272?/1273?-1291    ?-1308?/1309?
1277-1279         1279-1279          エジプト没
カラク没          コンスタンチノープル没

こんな感じ。
ちなみに上が生没年、下が在位(カーディルは即位してないので無し)
子のうちバラカは1279年にカラーウーンによって廃されてカラク城へ追放され、その翌年失意のうちに没した。
サラーミシュは廃されたのち、弟のカーディルや家族と一緒にコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)に亡命し、そこで没した。
カーディルは兄サラーミシュが没すると、マムルーク朝に許されたのかエジプトへ戻ってきて、その地で没した。
恐らくバイバルスの系譜は末子のカーディルの一門に引き継がれたと思われるが、バイバルス家が表舞台に立つことは二度と無かった。

おわりー。
|ω・)ノ



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2009/08/04 22:23 | RO日記 | Comment (0) | Top▲
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